欲求

日記

6月26日、金曜日。

今日も長い1日が終わろうとしている。

朝から彼女と気持ちの安らぐ時間を過ごした。この時間が無ければ自分の存在価値もないであろう。

彼女の価値観は人に寄って違うと私は思う。私みたいに存在そのものが必要な人もいれば、彼女という女性と遊んだりする事に意味があると感じる人も中にはいると考えている。

私はあまり遊ぶ事が好きではないし、人見知りだ。だからこそ彼女の言葉や彼女の声色など、様々な行動や仕草がホッとするのだと思う。上手く表現する事は出来ないが、精神安定剤のようなものではないかと私は感じる。しかし、その精神安定剤は必ず必要なものである。一瞬解決したからといって手放せるものではない。

私は彼女と3時間程、楽しい時間を過ごしてから仕事へ向かった。彼女も仕事があるらしく、準備をする為にその場を離れた。

今日も幼き頭の学生40名との戦いが始まる。指導している私は最近、ふと感じる事がある。

勉強が大切な理由は我慢強さや集中力の持続、頭の回転という3つを兼ね備えていると・・・。

最近特に感じる事は、勉強をしていないと日本語が上手く通じない。すぐに自分を楽な方向へ導く自分がいる。といった事を私は学生を見て感じている。

私が小学生の頃にゆとり教育という制度がスタートした。最初は厳しい世の中だった為、周りも賛同して良い状況になっていたのだが、ここに来てツケがまわって来ている気がする。

ほとんどの人が良い悪いの判断、区別がつかないという事だ。犯罪に関しても意味のある犯罪が多かったが、現在は意味のない犯罪しか起きない。つまり理由がないのだ。

そのような学生達と5時間、しっかりと向き合って今日は終えた。

私は指導という面で、正解はないと思う。正解はないが、生徒に対して歩み寄る事は可能である。私が声を荒げて注意をしている姿を見て、周りは良い過ぎとかそんなに怒らなくてもと言ってくる。その言葉を言い放つ大人は無責任だと私は思っている。

自分の子供だったら言わないのか。私なら必死に言ってしまうだろう。そこで注意しないとその子はまた同じ過ちを繰り返したり、気づかないで大人になってしまうと考えると怖くなる。少しでも良い方向に向かって欲しい、道を外さないで欲しいと願うからこと注意するのだ。

いつも噂や適当な事を言う大人は自分から行動を起こさない。周りから言われるのが怖いからだ。本当に信頼できて、信用できる人間は意味のある注意をしっかりとしてくれたり、時には優しく楽しく接してくれる人間だと私は思う。楽しいや優しいだけだったら、それは八方美人ではないだろうか。

そんな事を考えながら親にメールを送信した。今日は私が夕食をプレゼントした。といってもピザだ。喜んではくれたが、今まで本当に何もできていない。父親や母親には迷惑かけてばかりだ。少しは恩返し出来ているのかといつも心配になる。

周りに文句を言える人がいるならば、それは感謝しないといけない。その人はいつまでもそこにいるわけではない。ストレスを溜めてその人にぶつけて自分の気持ちを落ち着かせていると思うべきだ。その人が病気や何かで急にいなくなったら、とてもじゃないが私は立ち直れないと思う。

大人になって本当に言葉の大切さを理解した。だから彼女にも両親にも出来る限り、理不尽に怒ったり嫌な雰囲気にならないように心掛けている。最期の最期に一緒に居て良かったとせめて・・・親しき人には言われたい・・・

今日も1日が終わった。明日も朝から暑く日差しの強い1日が始まる。少しでも良かったと感じれる1日になるように頑張りたいと思う。

最後に・・・彼女に私の料理よりピザの方が良かったでしょ?と言われたが、私は断然彼女の料理だ。外食はもともと好きではない。いつも健康に気を使ってくれて必死に自分の為に頑張って作ってくれる彼女の料理が世界一か世界二で美味しい。流石に両親と彼女どちらの料理が良いかと聞かれたらそれは返答出来ない。どちらも最高に美味しいからだ。やはり気持ちのこもっているものは味が一味も二味も違う。

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